陳腐な旅人日記


新しい恋をしたら。

「新しい恋をしたら、
 新しい服を買おう~!」

・・・という、某酒造メーカーのCMにも使われてる井上陽水の新曲が好きだ。

「キミのロン毛は~、長すぎだ~っ!」なんて歌詞が突然出てきて
陽水ってやっぱ不思議だなぁ。。。
と思っていたら、作詞は町田康。
ううむ、町田康! 
この人の名を聞くと、
私は胃がきりきり痛み出す。
なんでか、の説明は今回パスさせていただきます(苦笑)。

さてさて、「新しい恋」を探しに(?)
出かけた週末、シェルパ斉藤さんちのパーティー。

結論からいいますと、
「どこが『愛が芽生える八ヶ岳のパーティー』やねんっ!」
と突っ込みたくなるくらい、
仲良し夫婦 OR 家族の大集合。
ひとり身の40歳女子には、かえってワビサビ倍増なCAMPでした(笑)。
ま、そんなオチだろう・・・と予測はしてたし、
ひさしぶりに、自然の中で極上の薪で焚き火できたからいいのだ。

夜更けに「チームシェルパ」で大工修行中の
ヒロセ君(25歳)と焚き火のおきを眺めながら一服。
沖縄や北海道を旅したいね~と話したのが
唯一? しいてあげれば? SWEETな時間だったんですかね~。
しかし、ヒロセ君から見たら私はお母さんぐらいの感覚なんでしょう。
「キミの年齢は~、若すぎだーっつ!」
と陽水のように歌いたくなりました。

私を八ヶ岳まで乗せていってくれたニッタさんは、
去年の春、このパーティーで出会った京美人の都ちゃんと現在、遠距離恋愛中。
そういう意味では「愛が芽生えるパーティー」も
まんざら誇張ではなく、実績あるんですけどねぇ。。。

しかし、この夜。
私は「新しい恋」の代わりに、「新しい靴」を手に入れたのです。

しょっちゅう仕事で会ってる方はうすうす気付いていたかもしれません。

私は去年の9月に帰京して以来、
ほぼ毎日、同じスニーカーを履いていました。
ニューバランスのグレーのスニーカー。
3月に出た、陳腐出まくりと悪評高き「自転車人」を見ても、
どのロケでも履いているのはこのスニーカー。
ロケどころか、近所のコンビニ行くときも、
東野翠れんちゃんのインタビューに行くときも、
奥多摩の山に登るときも、
エブリデイ、この一足で通しました。

おととしの10月に東京を引き払ったとき、
私は下駄箱の靴を手当たり次第、捨ててしまった。
たった1足残したスニーカーで沖縄から北海道までいき、
靴底がぺたぺたに磨り減ったそいつで
屋久島の宮ノ浦岳も、北海道の利尻山も登った。
礼文岳を登ったあと、ついに穴があいたので
記念写真を撮ってから
キャンプ場のゴミ箱に捨てた。

ニューバランスのスニーカーは、
TOKYOに戻ってスグに、上野のマルイで買った。
いわば、帰京記念の一足だった。
じつはその後、浅草でもう一足、
「スカートを履いたとき用」のブーツも買ったのだけど、
ここんとこ、スカート生活からすっかり遠ざかっており、
結局、いつもニューバランスになってしまっていた。

「新しい靴」を買えないほど貧乏だったのは事実だけど、
この8か月間で、じつは「新しい帽子」は3つも買っている。
つまり、私の中でのオシャレ優先順位は、足元より頭先なのだ。

リリー・フランキーさんのエッセイ、『女子のたしなみ』によると、
汚いスニーカーを履いているのは、女子としてサイテーらしいですけど。
私はマジで「新しい恋」を見つけた頃に
ちゃんと「新しい靴」を買えばいいか~、なんて思っていた。
長旅で「他人は本人が気にするほど、他人の格好は気にしちゃいない」
という法則も学んだので、
穴があくまで履きとおす「北の国から」ごっこを密かに楽しんでいたってわけです。

斉藤さんちに新しく誕生したカフェのデッキは土足厳禁。
まだ日が沈む前に靴を脱ごうとしたとき、
隣に、私の履きなれた靴とまったくおんなじ
ニューバランスのグレーのスニーカーがあるなぁ・・・と気付いた。
「こりゃ、間違えそうだなぁ」
と思っていたら、

なんと、その靴の持ち主が間違えて履いて帰ってしまったのだ。

残された靴は、
8か月間、「山に登ったり~、川を渡ったり~」(byブルーハーツ)した
私の靴とは「同じ靴でも、ここまで色が違うのか!」
というくらい、ニューバランスのNマークのピンクが鮮やか。

「やった~! ラッキー! これってわらしべ長者みたいですね!」
と浮かれていたら、
「よかったじゃん、とりあえず靴だけ(!)は収穫があって」
と斉藤さん。
「あ、でも、こういう瑣末なことで運を使ってるから、肝心の出会いがないのかな・・・」
な~んて話していた。

翌朝、明るい所で見たら、
スニーカーの中には、白い犬の毛がいっぱい。
そこから推理すると、
不運にも真っ暗な夜に私のボロ靴を履いていったのは、
私と同い年だけど、ボーダーコリーを2匹とチワワを1匹飼ってログハウスに住んでいて、
前夜、15歳年下のダンナさんと仲良く帰っていった長野在住のYさんのと判明。
Yさんとは、パーティー中に意気投合して名刺交換もしたから、
彼女が「こんなボロ靴はいらんから、私のとっとと取り替えて~!」
というなら、わらしべ長者は素直に宅急便で送るつもりだ。

ただ、ちょっと思うのは、40歳になってから、
なかなか出先で同い年の女性と知り合って気が合う機会ってない。
まったく同じデザインと色で、サイズも同じ。
そういう靴を「うっかり」履き間違えていく粗忽さもチト似ているようなYさん。
これも何かの縁だとしたら、
交換するのは、「今度どこかで会ったとき」っていうのも面白いかな~、なんてね。

ま、それは「新しい靴」のほうを手にした私がいうことじゃないか。


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これが問題の「新しい靴」。
この靴から「何か」がはじまるのでしょーか。
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# by tinpunatabibito | 2006-04-25 02:44 | Comments(6)


クニイさん

ひさしぶりに気持ちいい青空の午後、
クニイリツコさんちで取材。
クニイさんが35歳までにかなえようと計画中の
夢の話を伺ってきた。


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2年ほど前に
やっぱりこのベランダで取材したときも思ったけど、
クニイさんは、写真集で見ても自然体でカワイイけど
実物のほうがはるかにいいと思う。
一流の写真家が撮ったどんなキメ顔よりも
実際に目の前で喋ってる彼女のほうが
いいなぁ・・・と思うのはなぜなんだろう?

そいでもって、
性格がすごく男前だ。

たぶん、ひとりのときは
いろんな女らしい面もいっぱい隠し持ってるんだろうし、
ガサツとかそういう意味ではなくて。

なんかスカーン! としてるのだ。今日の青空みたいに。
野球でいうなら、
イチローが盗塁を決めた直後の、新庄の場外ホームランって感じ?

天気はいいし、クニイさんはステキだし。

ここんとこ家で孤独に原稿書いていたのに
いきなりこんな天気のいい日に
初対面ではないクニイさんに会ったから。
私はつい浮かれてしまって
「じっくり人の話に耳を傾ける・・・」
というインタビュアーの鉄則から少し外れてしまった。

取材の後、カメラマンのGさんから
「陳腐さん、自分のこと喋りすぎっす」
とクールに指摘され、ちょっとへこむ。

Gさんにはいつもいわれてることだけど、
私は誰よりも自分のことが大好き、のように映るらしい。

ゲッ。ナル・・なのかワタシ? 
自分ではそんな意識はまったくないのだけど、
人からはそう思われているんだろうか。
今日は、取材がほぼ終ったあとの雑談だったからいいかなっと思って
自分でも、「あっ、暴走、はじまった?」と思いつつ、
確かにちょっと喋りすぎてしまった。
・・・いけない、いけない。


「最近オレ、わかったんですけど。
モテる女の人って、聞き上手なんですよ。
話が面白い女の人は学生の頃は楽しいけど、
自分のことを喋りすぎる女は30すぎるとやっぱ、もててないですね」

ががーん!
私の仕事仲間の人たちは、
なんでこう、いいにくい真実を
真顔でさらっときっぱりいえちゃうんですかね~。
(直接いってくれるのはとてもありがたいことだけど・・・)

「インタビューする相手に対しても、
リスペクトする気持ちがあれば、もっと自然と聞き上手になれるはず」
・・・てなこともいってたような。
「オレが(年上の)陳腐さんにいうことじゃないですけどね~」
と前置きしつつ。

Gさんとは駅で別れ、
私は半分涙目になりながら
次の取材場所に向かった。

次に会ったのは、自転車ツーキニストのHSさん。
同じ過ちを繰り返さないよう、
「思ったことの3分の1」しか話さないようにする。
(それでも十分喋っていたような・・・)

人の面白い話を引き出すのは難しい。
あまり根掘り葉掘り質問ばかり連発すると
なんだか刑事の尋問みたいになっちゃうし。
相手のテンションを上げるために、
そして(喋りっぱなしの)相手がたまにはひと息つけるように、
自分もちゃんとリアクションもしたほうがいい・・・とも思う。

「沈黙を恐れないでください。
相手はちゃんと答えようとしてるんですから」

同じことは、11年前からいろんな人にいわれてる。
それは自分のウイークポイントだってよ~くわかってるんだけど。

ただ、「・・・・・。」の次を待ちすぎたために、
どんどんインタビューが沈滞化して
最後は気まずくなったケースもあったりするからねぇ。

こんなに長いことライターやってるのに
いつになったら「満点インタビュー」ができるんだろう・・・!?

あと、大切なコトを忘れちゃいけない。
「聞き上手なモテる女」への道。

そうなのだ。明日はS・Sさんが企画した
その名も、「愛が芽生える八ヶ岳のパーティー」
に行くのだ。こんな遅くまでダラダラ、ブログを書いてる場合じゃなかった!

とかく、お酒が入るとさらに暴走しがちだけど、
明日は、控えめに謙虚に・・・いきます。
見てろよ~!(←この時点ですでに失格)。

結果を乞うご期待!

PS.
夕方、クニイさんがブログで今日の取材のことを早速UPしてくれてました。
デキル女は仕事が速いなぁ。
http://ameblo.jp/kuniritsu
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# by tinpunatabibito | 2006-04-22 03:24 | Comments(3)


1965年生まれの冒険家の夢

ビーパル25周年記念特集の取材で、
冒険家の九里徳泰(くのり・のりやす)さんの話を聞いてきた。

九里さん(私はこっそり、のりのりと呼んでいる)
は、学年は1コ上だけど、私と同じ1965年生まれだ。

しかし、「20歳からビーパルで原稿書いていた」
という冒険家は、ありとあらゆる点で
自分とは比べようもないくらいハイクラスな先輩である。

著書も山ほど出していて、
世界中の凸凹を人力旅していて、
美人の奥さんも子供もいて、
大学助教授という社会的地位も持っていて、
たぶん貯金もたんまりありそう・・・。

九里さんにインタビューしたのは、
作家SMさん激怒事件にオーストラリアとオーストリア観光局差し替え事件、
エアーズロックのキャプションにニュージーランドと書いた・・・etc
ありとあらゆるミスを重ねた11年前のビーパルの特集以来だと思う。
その特集はほんとうにサイアクな失敗ばかりで、
はじめて会った九里さんにもいろいろ不愉快な思いをさせてしまい、
「なんなんだあのライターは!」
と怒っていたという話を当時人づてに聞いた。

それ以来、編集部でちらっと会っても、
すごく萎縮してしまう存在であり、
思いっきり苦手意識を持ち続けていた。

今日もじつは「はぁ~」とため息つきながら
緊張して出かけたのだけど。

「ひさしぶり。何年ぶりですかね!」

アロハシャツにビーサンの九里さんは、
自分の中でどんどん膨らんでいった「苦手な人」
ではなかった。

大学助教授になって、もうジンセイ「上がり」なんだろう・・・
なんて勝手に思っていた。

「何歳になったら冒険旅を終えよう・・・というのは決めているんですか」

そんな質問をしたら
「もちろん、それは決めてますよ!」
と即答が帰ってきた。
命がけの旅なんていつまでもできない。
やっぱりいつかは海のそばでのんびり田舎暮らしがいいよね・・・
なんて続くのかと一瞬よぎった。

「死ぬまで、です」

1965年生まれの冒険家はきっぱりいうのだ。

「毎回、外国に行くたびに生きて帰ってこられるかと思う。
成田に着いたら、もう現地でのことで頭がいっぱいで、それすら考えない。
いつかそれで早死にするかもしれないけど、
そのときは家族に申し訳ないと詫びるしかない。
ほんと、パチンコ玉のような人生です」

こんなことを真顔でさらっといってしまう、バリバリの現役だった。


九里さんが語ってくれた「近未来に実現できそうな夢」
の話は、ビーパル7月号が出るまで内緒です。

「これならできる!」という目標を定めて
それをひとつひとつ確実にクリアしていく冒険家は、
やっぱりそれに見合うだけの努力をしていて、
リスクも背負っているんだということを改めて知った。

とかく有名な人のことは
見た目や噂や勝手な思い込みで判断してしまいがちだけど。

「一対一」で話した、その会話だけが真実なのだ。
これからは、誰に対しても苦手意識を持たず、
まっさらな心で向き合おう・・・と思った。

その特集では、
これからもたくさんの人の夢を聴ける。
いっぱい触発されて、
私も陳腐じゃないデカイ夢を見つけられれば・・・
なんて思っている。
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# by tinpunatabibito | 2006-04-20 03:10 | Comments(0)


CAMPに行きたくなった朝

結局、夜明けまで朦朧としながら原稿を書いて、
なんとかギリギリセーフ。
もう目がチカチカで、とっとと寝ればいいものを
そういうときこそ目が冴えてしまって、
なんだか無性にブログが書きたくなるからたちが悪い。

この間、ビーパル編集部で仕事をしていたら、
すぐそばの打ち合わせ席で
隣の編集部の人が話している会話に耳がダンボになってしまった。

「ほんとうに○○さんのブログは面白いですねぇ。いつも見てますよ」

元・慶應ボーイで典型的なB型のO編集長が
目の前の美人ライターさんのブログを褒め称えている。

「この間の誕生日のブログも、
深夜にちゃんと更新されていたでしょう?
毎日お忙しそうなのに、ちゃんと更新されているのがスゴイですねぇ」

ふむふむ、毎日更新がスゴイのか。

「ブログを読むとほんと、毎日あっちこっち取材で出かけられていて・・・。
この間の神戸の話も面白く拝見しました」

なるほど。あっちこっち出歩かないといいブログにはならないんだ。

「すごい人気あるんでしょう、あのブログは」
Oさんはさらに畳み掛ける。

名前も知らない美人ライターさんは
(ビーパル編集部にはまず見当たらない人種だ)
えぇ、まぁ・・・といいながらしっかり付け加える。

「お陰様で最近、○○(超一流クルマメーカー)のタイアップもつきまして」

ブログでタイアップですとーーー!?
世の中のトレンドってやつは、
どんどん私から遠ざかっているなぁと思った。
(いや、自分が時代から遅れているだけなんだけどね)。

じゃあ、自分はその美人ライターさんがうらやましかったのか
っていうと、べつにそうでもなかった。
ふーん、って感じで。
いまさら若くてきれいな美人ライターになったところで
(そりゃなれればなるけどさ)
あんまり私そのものは変わらないだろうし。

そんなことより。

あったかくなってきた途端、
急激にキャンプに行きたくなってきた。

昔とった杵ってやつでキャンプ場事情を聞かれたのがきっかけで、
随分前にキャンプ場取材をしていたころの記憶が蘇ってきて。

あの頃は(・・・って昔話ばかりするのもなんだけど)、
毎月どっかのキャンプ場に出かけて
取材が終れば、日帰り温泉で露天風呂につかり、
どっぷり日が暮れた夜は焚き火を囲んでお酒を飲んでいた。
それが仕事だったなんて、
いま思えば、なんて贅沢な日々だったんだろう。

当時しょっちゅう一緒にCAMPしていたカメラマンの
YさんもAさんも、
いまは行方もしれない。それがちょっと切ない。

去年の今頃も、キャンプは日常だった。

キャンプ旅なんて大変ですね・・・といわれても、
どしゃ降りの雨の日以外は、へたな宿に泊まるより
月を眺めながら外酒・外寝のほうがよっぽどいいやと思ってた。

あぁ、CAMPしたいなぁ。

最近、自然のリズムと逆行した生活をしているので、
日が暮れたらあとは酒を飲んで眠るだけ・・・
っていうキャンプ生活が恋しいんだろう。
最後にテントで寝た夜から、もう半年以上が過ぎた。

ひとりのキャンプも好きだけど、
たまには大勢でお腹を抱えて笑いまくるような
にぎやかキャンプに出かけたいな。
クルマに思いっきりいろんな好きなCD詰め込んで。

誰か私をCAMPに連れてって。
美人ライターではないけどさ!
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# by tinpunatabibito | 2006-04-19 06:25 | Comments(0)


世界の空を旅する

上京してまもない25歳のとき
あこがれのカヌーイストの野田知佑さんの取材段取りが決まった直後、
「キミにはその日、別の取材にいってもらおうかな・・・」
と上司にいわれ、
「そんなの・・・あんまりです・・・!」と思わず泣いて抗議。
「そんなに泣くほど取材したいならいってこい」
とあきれられ、
多摩川河川敷での
野田さんと夢枕獏さんの焚き火対談に立ち会うことができた。

私はまだチャラチャラしたロングスカートをはいて浮かれまくっていて、
野田さんが「フリース」を当然のように「ジャケット」といったことに
やっぱ欧米の旅経験が長いんだなぁ・・・とちょっと感動した。


それ以来、思えば今まで、いろんな辺境を旅する人をインタビューしてきた。

犬ぞり冒険家、自転車や徒歩の人力移動者、
シーカヤッカーにヨットマン、
国際ラリーライダー、熱気球冒険家・・・。

明日じゅうに書き上げないとやばい原稿は、
それまでの冒険家や旅人の「海」「山」「川」「大地」「空」へのアプローチとは
ちょっと違う、エア・フォトグラファーのT・Mさん。

まだ世間的には(というかアウトドア業界では)
知る人ぞ知る存在だけど、
たぶんこれからガーンと注目され、
彼のいろんな旅の写真や映像が、雑誌や本やテレビで目に留まるようになると思う。

そういう「これから」の「才能ある」、かつ「ピュアな」若者は
アウトドア界に“ひさびさに登場した感”があって
取材していても、新鮮な驚きがいっぱいだった。

書きたいことは山ほどあれど、
短い原稿にどこまで入れられるかなぁ。
前途ある若者の紹介記事で、
しかも「発売日の5日後の結婚式で出席者に配りますよ!」
なんていわれた日にゃ、
プレッシャーかかりまくりっす。

夜更けのシュークリームで血糖値あげて、
これから朝までじっくり悩むとしますかね。

神様、いい原稿が書けますように・・・・・!
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# by tinpunatabibito | 2006-04-18 02:47 | Comments(0)


これが私の生きる道?

今月はほとんど無収入、
月末の家賃が払えるかどうかもヤバイ状況になってきたので
おととい慌てて、「単発バイト」の派遣に登録。
空いてるときに前日連絡すれば、
いつでも日給バイトができて、
7日後にはお金が振り込まれる・・・というシステムだ。
3時間だけあいてるというときでも、
ティッシュ配りなんかのバイトがあるそうだ。
世の中はうまくできている。
フリーターが増えるわけだ。

「街頭のティッシュ配りはイヤっていう人が多いですけど、平気ですか」
と面接で聞かれたので、
「あ、全然、オッケーですよ」と答えた。

去年、浅草の沖縄料理屋でバイトしていたときも
店がヒマなときは、
「ティッシュ配ってきまーす」と
誰からも強制されてないのに進んで真冬の街頭に出ていった。
「浅草の人はあんまりもらってくれないですよ~」
と店の人はいったけど、
毎回、カゴに山盛りにしたティッシュ(泡盛一杯サービス券付き)
を1時間以内に配りきってきた。
そのティッシュを受け取った人が
来店してくれたのを目の当たりにみると、
「販促とはこういうことだ!」と改めて感動した。

私は道を歩いている人が
「受け取らずにはいられない」タイミングで手渡すのがじつにうまいのだ。

それは、フリーライターになったばかりの20代のころ、
ウインナーやラム肉やらカツオのたたきを試食販売する
マネキンのバイトをやったときに身に着けたワザ。
速すぎても遅すぎてもいけない。
相手の人が「反射的につい手を出しちゃった・・・」というころあいを
見逃さず、笑顔で手渡すのがポイントなのだ。
今でも、たまにスーパーでマネキンの人を見るたび、
「あ~、そんなんじゃダメだよう~」
とじれったくなったりする。
どんなバイトでも、本気でやれば学ぶことはいっぱいある。
それは、「モノを書く」という本業に
いつかひょんな形で生かされるとも思っている。

ジンセイは不思議なもので。

バイト登録をした途端、
本業のほうが忙しくなりそうになってきた。
ずっと寝てばっかりだったのになぁ。
でも、
どん底にヒマな日々もそれは精神的にかなり辛いので、
今度はガムシャラに働いてもいいか・・・
なんて思ってる。

「仕事っていうのはね。
お金もうけのためにやるのは仕事じゃない。
誰かがそれをすることで喜んでくれることが、
ほんとうの意味で仕事なんだよ」

沖縄である人がいった。

ライターに復帰したのは、
自分のように迷える人にも、
思う存分迷って悪戦苦闘して、
どんなにかっこ悪い姿をさらけ出したっていいから
オリジナルの生き方をしてほしいと思ったから。

いまさら・・・だけど、
昨日このブログの訪問者数を知る方法を知った。
「あ、訪問してる、訪問してる!」
とカウントが増えるのがうれしくて、
数時間おきにチェックしてしまう(アホだ~)。

一銭にもならないブログで
私は「自分は書くことが好きなんだ!」
ってことを改めて知った。
どんな陳腐な文章でも。

自己満足、ではなく、
誰かの背中をどーーーんと後押しするような
文章を書けたらいいな。
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# by tinpunatabibito | 2006-04-13 04:12 | Comments(1)


ひだまり手づくり塾

ぼんやりしてたら1日遅れになってしまった。
昨日書店に並んだばかりの「BE-PAL」5月号から、
新連載「ひだまり手づくり塾」がスタートしました。

この連載は、このブログのコメント欄でも常連(?)である
塩山奈央さんが「たべもの」と「ぬいもの」を、

「ビーネイチャー」という
ビーパルのイベントでおなじみの自然学校のスタッフである
長谷部雅一さんが「工作」系を担当。

1970年代生まれの彼らがそれぞれ隔月で登場し、
手づくりなんてしたことないや、ってヒトでもつい作りたくなる
「大人の技術家庭科」を提案するというリレー連載です。

第1回は「はじめての天然酵母づくり」。
カフェ・ド・ちんぷの一大マイブームとなったチャパティの作り方が
同じく、いま伸び盛りの若手カメラマン、福田磨弥さんの
ほんわか人柄がよ~く出てる写真とともに紹介されています。
1960年代生まれの私が書く原稿だけ、
妙に前のめりといおうか、昭和の高度成長期っぽいガムシャラ系で
「ひだまりというにはちょっと怖い・・・」(編集S氏談)けど、
まやさんの写真のチカラでうまくカバーしてもらってます。
よかったら、ぜひみなさん買ってください。

撮影は毎回彼らの自宅で行なっていて、
国分寺のなおさんちには、ひだまりの縁側が、
吉祥寺のハセベ君ちには、テントも余裕で干せるベランダがある。

どっちも家賃は6万円台なのに
ナチュラルな手づくりインテリアがいっぱいで、
わが殺風景な陳腐部屋と比べると、
「暮らしを楽しんでる」感がそこかしこに漂っている。

なにげなく手にとったものに
「あぁ、それは屋久島で拾った流木でね・・・」
というストーリーがある。
私だって! と、試しに流木を飾ってみたけど、

なんつーですかねぇ~、
さりげなく飾ってあるのにかっこいい、「さりカッコイイ」感が
まるで醸し出されないんですね。
「ハイ、ここに流木置きましたーっ! どうどう!? おっしゃれでしょーーっ!」
とこれみよがしで浮いてるガラクタ・・・でしかない感じで。

暮らしのセンスがないって、こういうことなんだね・・・(涙)、
というのが、ヒシヒシとわかります。
「それはセンスというより、年代の差なんじゃないっすか」
と誰かのイジワルな声が聴こえてくるようだ。

でも、この連載を毎回続けて、
若い彼らの生き血を吸い取って・・・
いえいえ、彼らのひだまりスタイルを見習いながら、
わが陳腐部屋も、
ひだまりが心地いい空間にしていきたいなぁと思う次第です。

ちなみに、載っているのは、
わが愛しのキヨシローの新連載の前という
なんだか恐れ多い192~194ページです。
お隣さんっつーことで
「フムフム、ボクの隣はチャパティか。今度娘と作ってみるか」
な~んてKINGがいうわけはないんだけど、
チラッとでも見てくれたら、それだけでウレシイかも。
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# by tinpunatabibito | 2006-04-11 05:15 | Comments(5)


シャンパンの泡

「シャンパンの泡のように
 キラキラと輝く部分だけを、他人に見せ続けながら生きることが大事だ」


そんなようなコトを
村上龍がいったという話を、たぶん吉本ばななのエッセイで読んだことがある。

すごい昔だから、細かいことは覚えてない。
「男は」という主語だったのか、
「オレみたいな作家は」という主語だったのか、
どっちにしても、
シャンパンの泡のように、日本中が浮かれていた時代の
いかにも村上龍っぽいコメントだ。

バブルの恩恵とは無縁だったわたしも、
その意見には同感だった。

人にえんえんと愚痴をいったり、
気の抜けたビールみたいな姿を見せたり、
「弱い自分」を武器にすることは大っ嫌い。
人前に出るときは、
キラキラと輝く元気なシャンパンでいたいと思っている。

ここんとこ、その元気が途切れていた。
何があったわけでもなく、
何もないから、なんですね。

そういうときはブログだって更新したくないんだ。
雑誌でもブログでも、
わたしは読んでくれたヒトが、カーッと熱くなってくれる文章を書きたい。

もちろん、人間には
ヒトの不幸な状況を見て「これよりはマシだわ・・・」と元気になる
ブブンもある。
認めたくないけど、わたしにもすご~くそういう悪魔はいる。

でもね。
負のエネルギーから生まれたものからは
明るい未来は何もはじまらない。

やっぱり、どんなときも。
わたしは「人生はシャンパンの泡」でいたいんです。

根が飽きっぽい性格なので
しばらく引きこもっていたら、
プチ・ニートな日々にもうんざりしてきました。

今日からがわたしの新学期。
何度ころんで停まっても、
また走りはじめたときから旅を再開すればいい。

最近よく思います。
自転車で日本縦断していた頃より、
いまのほうがよっぽど、ハードな旅をしているなぁって。

とりあえず・・・ピース!
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# by tinpunatabibito | 2006-04-07 04:03 | Comments(3)


小さな自転車で、小さな村へ。

・・・・・というタイトルの初連載が載った
『自転車人』(山と渓谷社)がいよいよ今日発売になる。

ドタバタだった入稿中、
その連載のプロフィール欄に書くことが何も思い浮かばず、
ま~、興味ある人はココに来てもらおう!
と、ブログのURLを書いてしまった。
我ながら図々しい。つーか適当ですいません。

きっと自転車旅情報が盛りだくさんのブログに違いない・・・
と思って、ココにいらっしゃった読者さんがもしもいた場合、
TOPページが「音痴★パンチ」じゃマズイですよね、さすがに。

で、花粉症でくしゃみ連発の発売直前、
あわててコレ書いてます。

「自転車人」を見て早速いらしゃったお客さん、いますか~?

「・・・・・・・・・。」

誰もいないかもしれませんが(ルルル・・・)、
とりあえず、
プロフィール欄がないこのブログで「???」と思った方のために
軽く自己紹介なんぞしちゃいます。

私、「陳腐な旅人」は、
名古屋生まれ。
24歳で上京するまで、
味噌といえば八丁味噌、
待ち合わせ場所といえば、ナナちゃん人形の足の下、
新聞といえば中日新聞、野球といえばドラゴンズ・・・
の世界にどっぷり浸ってお気楽に生きていました。

あのまま名古屋で暮らしていたら、
たぶん、同級生と同じように30歳までに普通に結婚し、
今頃は、小学生や中学生の子供を育てながら、
近所のジャスコで買い物をし、
たまの休みは、家族でドライブに出かけたりしていたと思われます。

上京のきっかけとなったのは、
「自転車人」と同じ出版社から出ていた、
「ウッディライフ」という雑誌でした。

当時、私は名古屋の弱小出版社で
名古屋市東部の(名古屋の中では比較的)おしゃれ~なお店約200店を
会員にしたフリーペーパーを作っていました。

仕事場は、小さな会社の、さらに小さな支局の、
のら猫が勝手に入ってくるようなぼろい一軒家でしたが、
近所には落合選手(当時)の豪邸もあり、
取材に行くために赤いミラで走っていると、
落合選手の奥さんが、まだ赤ん坊だったフクシちゃんを
乳母車で引いているのを見かけたりしました。

「名古屋の青山」(?)といわれる四谷通りや八事界隈に多い、
小粋な料理屋さんや雑貨屋さんやブティックを
一眼レフのカメラを抱えて取材する日々は
「若者の8割はヤンキー」という港区育ちの自分にはとっても新鮮で。
表紙のイラストもレイアウトも原稿も写真も
ほぼノーチェックで好き放題にやれる仕事は、
学級新聞を作るノリとまるで変わらず、気楽で楽しかった。
フリーペーパーの加盟店には
いま全国展開してる遊べる本屋「ヴィレッジ・ヴァンガード」の1号店もあり、
毎号2冊おすすめの本を借りて、
書評(・・・というにはおこがましい陳腐な読書感想)を書いたりしてました。


ただ、3年やってひと通りわかった気になってしまい、
「もっと新しい仕事がしたいなぁ。。。」
と思いはじめたころ、
たまたまカメラマンのMさんが雑談の中でいったんですね。
「オレが創刊号から持ってる『ウッディライフ』で編集者を募集してたぞ~」って。

早速、「ヴィレッジ・ヴァンガード」でその雑誌を買い、
読んでみたら、
私の前任者であるKさんが、
「会社を去る前にほんとうに自分が書きたかった世界を自費で取材した」
入魂の記事が載っていました。

場所はたぶんメキシコ・・・だったと思うけど、
自然のサイクルに合わせた手作りの暮らしをする人々が紹介されていて。
記事の詳細はまるで忘れたけど、
小さな木の椅子に腰掛けた
小さなガイジンの女の子がキャンバスに向かい、
ピンクの絵の具で自由奔放に描きなぐってる写真がすごく目に焼きついてしまった。

それで思ってしまったわけです。
東京に行って、
こういう世界を取材したい! と。

それまで名古屋から出ることなんて
これっぽちも考えたことなかったのに。

東京の某編集プロダクションに入社し、
晴れて『ウッディライフ』の編集者となった私は、
ログハウスの多い北海道や長野、山梨など、
ニッポンの田舎をいっぱい取材して回りました。
手作りの木の家に住んで
いまでいうスローライフってやつを実践してる人たちの中には、
「この先ちゃんと暮らしていけるかな・・・」と心配になる人もたまにいたけど、
「この人はほんとステキだ!」と思える人がいっぱいで。

北海道で取材したおじいさん。
戦争中にロシアで見たログハウスにあこがれて、
一から木を植えるところから家づくりをはじめたそのおじいさんは、
自宅を建てたあと、
「いっぱい木を切ってしまったから」
と今度は庭にイチイの木を植えていました。
「イチイの木は茶室の炉をきるときに使うんだよ。
100年後、誰かがこの木で炉を作って、お茶を点ててくれたらいいなと思って」

私はそういうステキな出会いをしながらも
あまり自分の生活には反映できないまま、
いたずらに年をとってしまったのですが、
そのころ濃密にそういう世界を見たことで、
漠然と、アウトドアや自然好きな人間になっていきました。

なんか話が脱線しすぎて、
ちっとも「自転車生活」に着地しないまま、朝になっちゃいました。やれやれ。

『ウッディライフ』の編集を4年近くやったあと、
フリーライターになった私は
『BE-PAL』(小学館)の編集部に潜入。
アウトドアグッズの知識も、自然界に関する知識も経験もない代わりに、
「ただ自然の中で遊ぶのが好き!」
という突撃ライターになりました。

取材したらすぐ影響されてしまうお調子者ゆえに、
テントもキャンプ道具もザックもカヌーも・・・と、
新しい特集のたびにモノが増えていき、

そのうちのひとつが、
生まれてはじめて買ったMTB「キャノンデールF400」だったのです。
もう5年以上前の話です。

そのキャノン君とともに、
04年10月~05年8月まで
日本縦断旅をしました。

その旅は、沖縄に7か月、北海道は2か月もいたくせに、
本州は1か月でぶっ飛ばしてしまいました。
「日本が面白いのははしっこで、本州はどこも同じだ・・・」

なぁんて思ったからつい飛ばしたわけですが、
せっかく日本縦断したのに、
本州のディープな所をまったく見ないままに旅を終えたことは、
ちょっともったいない気もしました。

ライター復帰後、はじめて営業した『自転車人』で、
「小さな自転車で、小さな村へ。」
という連載をできることになったことは、
そういうモロモロの思いもあって、とてもうれしいのです。

第1回は、高知県の馬路村に行きました。
原稿の出来はとりあえずおいといて、
楽しい出会いがあった村です。

読んでくれた人が
「私もこういう村を自転車でのんびり旅したいな~」
と思ってくれたなら、
涙が出るくらい、うれしいかなと思います。
「おらの村だって、小さいけどおもしれ~ぞ!」
なんて人が、ココにどんどん遊びにきてくれたらいいなぁ・・・
と、思いながら、
長いだけでまったくとりとめもない自己紹介を終わります。

写真は、キャノン君とともに
私が所有しているロードバイク。
一生乗るつもりで気合い入れてオーダーしたのに、
納車5日目にコケてしまい、
カーボンフレームにヒビが入ってしまった
「乗れない自転車」です。
旅ですっからかんになった私は
「この自転車に払ったお金がいまあればな~」
と見る度に切なくなるのですが、
その事故をきっかけに自転車旅に出ようと思ったわけで、
ある意味、「ジンセイを変えた」1台であります。

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# by tinpunatabibito | 2006-03-28 06:33 | Comments(6)


音痴★パンチ

ぐやしい。。。。

今夜は、某誌の上げ潮女編集長Mさんと
ひさびさに夕食を食べた。
新宿の台湾料理屋で、
おいしい小龍包を食べながら
お互いの近況と、
「これからどう生きるか」といったマジメな話をした。

私のいいところも悪いところも知り尽くしているMさんは
いつも私に新しいパワーをくれて、
まったく先の見えない明日をそれとなくNAVIしてくれる。
だめなとこは本音でズバズバ指摘してくれるから、
今みたいに不安定な状況で会うと、すごく勇気が出る。
前向きにがんばろう・・・と思わせてくれるヒト。

夕食のあとは、
今夜のメインテーマ、カラオケに突入。
ふたりとも、80~90年代カラオケ全盛期に青春を過ごしているから、
時代がどんなに変わろうと、
歌うことが大好きなんです。
(私はべつにカラオケじゃなくても、
単純に歌うことが好きなんだけどね)

今日は採点形式のカラオケにして、
一曲一曲対決して、
最終的に負けたほうが代金を払う賭けをした。

私はしょっぱなから新曲ラッシュで飛ばしました。

木村カエラ 「YOU」
宇多田ヒカル 「Keep Trying」
COCCO 「音速パンチ」
東京スカパラダイスオーケストラ&CHara 「サファイアの森」(・・・だっけ?)
レミオロメン 「太陽の下」「粉雪」
ウルフルズ 「サムライソウル」
元ちとせ 「春のかけら」(・・・だっけ?)

このへんの歌は、
毎日仕事しながら聴いているラジオで
「もういいよっ!」っていうぐらい流れてくるから
「完璧に歌える!」自信があったのだけど。

毎日聴いていてわかっているつもりでも、
「完璧に歌える」わけではないことがよ~くわかりました。

リズム感、歌唱力、その他もろもろの事情でね。

そう、はっきりいって私は
超ド級の「音痴」なのであります。
そのくせ歌いたがりって、サイアクの女だね~。

対するMさんは、
アイドル取材で鍛えた(?)
ジャニーズ系の歌で手堅く高得点をあげていきます。

完敗でした。

唯一、私が勝った勝負は、
仕事の電話が入ったため中座したMさん選曲
平井堅 「POP STAR」。
Mさんがいない間に私が続きを歌ったために点が下がって
その前に私が歌った歌の点数が
ちょっとだけ上回った・・・という、
世にも情けない勝利でした。

自転車旅で何度も口ずさんでいた「どんなときも。」ですら
Mさんに、
「どうしたらそこまで外せるの~!?」
と爆笑される悲惨な歌唱。

ふたりで2時間30分も歌って、
1曲も勝てない自分は、
「あぁ、ほんとうに音痴なんだなぁ。。。」と
改めてよくわかりました。

でも、見てろ。
いつか必ずリベンジします。

もしも生まれ変われるなら、
ノラ・ジョーンズのような歌声で
大観衆のフィールドオブヘブンで、
風に吹かれながら、倒れるまで好きな歌を歌いたい。

それはムリだとわかっているから、
私は2006年の今もカラオケがやめられないのでしょう。

こんな私に勝負を挑む人がいたら
いつでもかかってきてください。
私はいつも、
闘う前は「負ける気がしない」のです!
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# by tinpunatabibito | 2006-03-23 01:09 | Comments(9)

    

いつかどこか「陳腐な食堂」開店予定の、52歳キッチン見習いの雑記。
by tinpunatabibito
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